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新王の自覚


「だから……つまり、な。時機というモノがあるだろう? ぼ、僕はまだその時が来てはいないと思うんだ」
「なるほど」
「だから、な? わかるだろ。な?」
「つまり、俺にはわからないということは、よくわかった」

 デザイートスしか入れない、古の魔法の守りが働いている、アーディン家の屋敷にて、冒険者たちが荒らした家財を片付けながら、デザイートスは日々を過ごしていた。
 その横でエイブリーも暮らしていた。エイブリーは特にデザイートスを促すでもなかったが、その小豆色の瞳に見据えられると言い訳がしたくなり、デザイートスは口走った。
 その言葉にエイブリーは従順に頷いてみせた。だが、その表情は冷徹なまでに冴えているから、おそらく、理解してなお容赦しているのだとデザイートスは考えていた。
 初めは怖々と、その堪忍袋の緒がいつ切れるだろうかと見守っていた。

 だが、一日経過しようとも、二日、三日経とうとも、デザイートスが明らかに面倒事を先延ばしにする口実を口にしていようとも、エイブリーはただ頷くだけだった。

 王宮になんて行きたくない。王になんてなりたくない。
 だけど――デザイートスは産毛が逆立つのを感じた。
 玉座に座らせられそうになるのに感じる不安とはまた違う、怖気だった。

「……なあ、エイブリー?」
「なんだ?」

 デザイートスと同じ部屋で本を読んでいたエイブリーは顔をあげる。
 その姿を見ていると、今でも若干の苛立たしさは感じる。腹立たしい程、エイブリー・アラルド・ハイワーズは絵になる男だった。品位が滲みだしていて、生まれながらにして自身は高貴な存在だと無言で立っているのに全方位に主張しているような男だと思っていた。
 だが、今ではその稀な威圧感がその血に混じる異形の親から継いだ魔力からくるとわかっているし、それに、この屋敷唯一の自分以外の他者である。おそらく必要であれば守ってくれるだろうし、デザイートスの言葉には従順に従う。普通なら従わないような事であってもだ。

「王宮へ行けと言わないんだな」
「時機ではないと言ったのはおまえだろう?」

 淡々と返されて、まるで己の弱さを見透かされ、責められているような気持ちになって苛立ちそうになるが、デザイートスはその感情のさざ波を必死に抑えた。

「そうじゃなくて、おまえはどう思うんだ? 僕に王宮へ行って欲しいんだろう?」
「行って欲しい――確かに。王は玉座にあるべきで、精霊は社にいるべきでは?」
「べき? まるでおまえの言葉が、思っていることが、何よりも正しいとでも言いたげだな?」
「そういう意味で言ったつもりは――」
「ああ、そうなんだろう! だけどそう聞こえるんだよ! くそ、その口調がいらつくんだ! それに、僕の問いの答えになってないぞ!」
「俺は、何より正しいのは陛下の判断だと――」
「そうじゃない、何が正しいか、じゃなくてだな、おまえがどう思っているのかを聞いてるんだ!」
「何も」

 エイブリーは困惑を眉間に刻みながら端的に答えた。

「何もわからん。これまで学んだ事から適宜引用して考えてはいるが、また俺は何か間違えているか?」
「……ああ、やっぱり」

 デザイートスがか細い声でつぶやきがっくりと項垂れると、エイブリーは気遣わしげにデザイートスを見下ろしながら首を傾げた。

「大丈夫か? どこか具合が悪いのか?」
「ああ、悪いな。おまえの頭の具合がな!」

 暴言を叩きつけた直後にデザイートスは青褪めたが、エイブリーはすまなそうな顔をして頭を下げるだけだった。

「やはり俺の言葉や判断に不足があるようだな? 指摘をしてくれれば俺は学ぶつもりだが」
「そうじゃない……違うだろ……! 普通、責めるところだろ……ッ」
「責める? 何故」
「王が己の責務も省みずにこの非常時に安全な屋敷に引きこもって、日がな一日だらけてるんだぞ!」
「それは、今が時機ではないからで――」
「その僕の言葉に正当性があるとでも? 僕が本気でそう思っているとでも思ったのか?!」

 竜殺しドラゴンスレイヤーの称号を持つ男が途方にくれた顔をした。まるで道に迷った子供のような目でデザイートスを見る。

(僕にでもわかるようなことが、わからないのか? この僕みたいな落ち零れにさえ理解できるようなことが――)

 わからない。だから、デザイートスを責めることはない。
 デザイートスがいくら間違ったことをしていようと、デザイートスが精霊に認められた王だからという理由で、その行動の全てをエイブリーは肯定してくれるらしい。
 ――その事実を心地よいと思えない自分が、デザイートスにはもどかしかった。

「……どうして、責めてくれないんだ。責められたら、無理強いをされたなら、おまえを恨むことができたのに」
「責めて欲しいのか?」
「……違う。そうじゃないんだよ……どうして僕が自分でこんなことに気づかなきゃならないんだよ……!」
「わからなくて、すまない」
「ああ、謝れ! 何度でも僕に謝れ!!」
「申し訳ない」
「妹の分も謝っておけ!」
「本当に、心から申し訳ないと思っている。エリーゼが迷惑をかけた」
「そこだけやけに心がこもってるな!?」

 エイブリー・アラルド・ハイワーズ。半魔族。
 新王デザイートスの忠実な近衛騎士。
 彼にも心がないというわけではない。その事実に微かに安堵の吐息を零すと、デザイートスは座り心地のいい柔らかな革張りのソファから腰をあげた。

「……行くぞ、エイブリー」
「は、どこへ?」
「王宮だ! バカが。今行くところはそこしかないだろ!」
「時機が来たのか」

 ある意味ではそうなのかもしれない、とデザイートスは一人ごちた。
 誰に促されることも、煽られることもなく、自らの意志で役目を果たそうと考え動き出した。

「……王宮がどうなっているか、気にならないのか?」
「騎士として気にかけている」
「エイブリー・アラルド・ハイワーズとしては?」
「……どうでもいい、と」
「気楽でいいな。おまえも、エリーゼも、この国が滅んでもなんとも思わないんだろう? それぐらい、僕も自分勝手でいられたらいいのに」
「……おまえも十分に自分勝手だったと思うが。隊の規律を乱していただろう?」

 エイブリーは控えめにだがデザイートスに意見した。
 その言葉には非を責める響きがなかった。少なくとも、デザイートスには感じられなかった。
 だからデザイートスは穏やかに答えることができた。

「僕とおまえたちの勝手は違うんだよ。僕たちは、そうせずにはいられないからそうしたんだ。それ以外に道がなかったんだ。人によってはそんなことはなかったと、僕たちを責めるだろうが。そういうやつは恵まれているんだよ。だから、僕はそういうやつが大嫌いだ」
「俺にはよくわからないが、まあ、エリーゼと一緒にするのは違うかもしれん」
「あの女は道なき道を切り開いて進んでるよな」

 吐き気がするほど正しい用意された道か、甘い腐乱の匂いがする蛇の道か。
 初めから想定された道しか歩こうとも思えないデザイートスの言葉に、エイブリーはしみじみと頷いていた。







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