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ジェイス






 エリーゼたちが組んだ薪にリールが火をつけると、グダマルダの随員が馬車の中から鍋運んできた。煮炊き用の鍋は旅用にしては大きいもので、水の入ったその鍋を、地面に埋め込んだ二本の支柱に渡した棒にかけると、重そうに支柱が軋んでいた。

「食材はこちらで用意いたしますよ」
「毒でも盛られたら困ります」

 グダマルダの言葉にリールがとげとげしい口調で言う。
 空気が悪くなる前に、ディータは明るい声をあげた。

「あ、それならぼくが毒見しますよ! 毒が入っていたらわかりますから!」
「バターレイの水のことはわからなかったのに?」
「精霊の呪い(バッドステータス)はさすがにわかりませんよ……」

 エリーゼが疑わしそうに言うと、ディータは苦笑した。確かに、とエリーゼも納得した。
 シーザは「あーあ」と声を張り上げた。

「それはいいわね。あの時もディータがいたらよかったのに」
「あの時?」
「あのクッキーを食べさせてあげたかったわ。味はすっごく美味しかったんだから」
「へえ、美味しいものなら、多少の毒があっても食べてみたいですね!」

 後宮にて、同僚の口八丁で食べさせられたクッキーのことだろう。シーザ程の恩恵(ギフト)の持ち主でなければ即死していただろうと思われる死のクッキーだ。
 恐らく、ディータが食べたら死ぬ。なのでシーザの言葉は冗談だろう。そうでなければ死刑宣告だ。
 エリーゼは思わずディータに向かって合掌した。ディータは自分の身に迫った命の危機に気づかずきょとんとしている。

「同じ鍋で煮込んだものを私たちも食べるので、ご安心下さい」

 グダマルダは毒トークで盛り上がる子供たちを見て苦笑を浮かべた。
 エリーゼもシーザの事があったため同じ危惧を抱かないではなかったから、口を閉じさせようとは思わなかった。
けれど、食事を用意してくれるグダマルダに対する礼儀を一応思い出した。

「すみません、失礼なことを」
「いえ、いいんですよ。今後あなた様の身の周りは騒がしくなるのでしょうから。私共の商会の者が勇者様に面会を願ったように」
「それもありますけど、私たちって、敵が多くて」
「エリーゼ様ほどのお力の持ち主ですと、そういうこともあるのでしょうね」

 グダマルダは同情的に肯いた。
 彼の前ではバグキャットを一匹屠っただけだと思うけど、とエリーゼは首を傾げた。
 彼の従者の男が袋の中から、カチカチに固められた四角いパンのようなものを採り出して鍋の中に投入した。鍋の中でそれは少しずつほどけて、麩のようになっていた。そこに干し肉をナイフで削って入れていく。それを眺めていると、エリーゼはやがてハルアの事を思い出した。

 彼らのような尋常な人間にとっては、魔物と対峙するだけでも一大事なのだった。
リールはともかく、周りにいるのがディータやシーザなので常識を忘れてしまう。

「ビスタさんは魔物が怖くないんですか?」
「怖いですよ、もちろん。――ですが耐えられないわけではありませんね。ですから私は商会の代表だというのに、こうして動き回っているんですよ。いやはや、身が軽いといえば聞こえはいいですが、落ち着けと周りには言われます」

 お湯が煮立つと、そこに穀物を引いたような粉を投入していた。
 エリーゼがじっとそれを見ていると、グダマルダは慌てた様子で「これは確かに毒がありますが、熱を加えれば無毒化するし、栄養価が非常に高いのですよ!」と言い訳した。

「え、毒?」
「いえですから、沸騰した湯で煮ると無毒化するのです。僻地で暮らす者たちにとってはとても重宝するのですよ。非常に栄養価が高くて、荒れた土地でも育成可能なヒャッホという植物の根を乾燥させて作るんですけれども――」
「ええと、大丈夫ですよ。同じものを食べるんでしょう?」

 懸命に説明するグダマルダを見て、エリーゼは毒気を抜かれた。
 元々、毒が入っているかもしれないと疑ってみていたわけではない。ただどんな料理なんだろうと思って見ていただけなのだ。旅人の食事というものに一種の憧れを抱いていたから。

「どれぐらい煮たらいいんですか?」
「熱がいきわたるまでですね。それほど時を擁しません。半刻の十分の一もいりません」

 六分もいらないということなら、五分ぐらいでいいのだろう。
 カップラーメンみたいな即席ご飯だ。従者の男が匙でゆっくり鍋をかき混ぜていたと思ったら、また別の袋を開けて、乾燥野菜を取り出し投入した。その上から調味料と思しい小さな袋の中身を振りかけた。

「栄養価が高いっていうと、この粉があるだけで旅とかできます?」
「ええ、そうなんです。匙三杯で一人が一食分の栄養を得られます。ですが熱を入れるだけで無毒化できるのがこの粉の状態だけで、この状態にする技術をある小集団が占有しているので、中々、量産は難しい状態です」
「そうなんですか……」
「ああ、でも、エリーゼ様になら彼らはヒャッホの粉を快く譲ってくれると思いますよ。何しろ、エリーゼ様は勇者様の妹なのですから」

 ニコニコしながら言うグダマルダに、そうなったら助かるなあとエリーゼは自分たちの荷物を見つめた。
 携帯できる食料品はあまり美味しくないくせにとても嵩張る。
 シーザとディータで8対2ぐらいの割合で持たせているから問題にはなっていないけれど、持ち運べる範囲内でということになると、栄養の面では恐らく偏っていると思う。

 従者の男がエリーゼたちの器に鍋の中身を注いでいく。湯気の立つ椀を手元に戻されて、それを眺めながらエリーゼは切り出した。

「ところで……トランプに似た道具って、何のことです?」
「それはですね――」

 グダマルダは懐からカードの束を取り出した。掌サイズの名が細い短冊のようなものが何十枚と重ねられ、紐でくくられている。

「トランプ……?」

 カードに書かれている数字を見て、リールが呟くように言った。グダマルダはリールの呟きに首を横に振る。

「いいえ。これは制作者の名をとって、ジェイスと名付けております」

 グダマルダは革紐を外すと、そのジェイスと言うらしいカードを机の上に広げた。七色に色分けされているカードに、1から13の数字が割り当てられている。同じ数字は三枚ずつあるようだった。合計273枚のカードを見おろして、リールは低い声で言う。

「まるっきりトランプではないですか。カードの数が多いだけで」
「いえいえ、そんなことはありませんよ。こちらを大聖堂で精霊様に精査していただいたところ、見事! トランプとは別の玩具として認められるに至りました」
「そんなバカな!」
「あなた様はトランプのファンでいらっしゃる? わかりますよ、私もファンですからね。あれは面白いですよ。一番素晴らしいのは、ルールさえ知っていれば、見ず知らずの他人とでも楽しめるということです」
「こんなものが認められるはずありません」
「トランプとは遊び方が違うのですよ」

 グダマルダは子供のようにはしゃいだ様子で、自慢するようにリールに説明した。

「これはですね、トランプのように様々な遊び方があるわけではないのです。しかし、トランプよりも大勢の人と遊べるようにカードの枚数をいくらでも増やすことが可能なのです。まずは山を作り、後のカードをみなさんに配ってしまいますよ。配られた手札が全てなくなれば勝ちです。例えば緑色の3のカードが場に出ている場合、緑のカードか3のカードを出すことができます。同じ色か同じ数字だけ手札から出せる。ルールはといえば、それぐらいです。簡単でしょう?」

 嬉しそうに説明するグダマルダに、リールが歯を食いしばる。

「こんなもの、あの男の言った通り、トランプのまがい物ではないですか!」

 リールが声を荒げると、どこからか男の声が聞こえてきて反論した。

「トランプのまがい物なんかじゃない」

 グダマルダの馬車の奥から聞こえてくるようだ。
 従者の男は驚いた様子で匙を取り落として鍋の中に投入し、慌てて拾い上げようと悪戦苦闘し始めた。
 奥から出てきた男の姿を見てエリーゼは即座に立ち上がり短剣を抜いた。

「え、エリーゼ様、どうか剣をお納めください」
「……悪いけど、ビスタさん。私、その人とよく似た格好をした集団にこの間、襲われたばかりなの」

 グダマルダの馬車から出てきた男は、フードつきの黒い外套を着ていて、フードを目深にかぶって顔を完全に隠していた。口元には襟巻すら巻いている。
 ――ソマリオラ商会は味方だった。そう信じられる。何しろフィンに引き合わされた相手なのだ。
 だから、エリーゼを襲ったあの悪魔信仰者をこの町へ引き入れたと思しいのはビスタ商会とディアストール商会の二つに一つに違いない。

 もちろん、アーハザンタスの町の中に初めからいたという可能性は皆無ではない。
 だが、あれほど精霊神教会が根強く影響力を持っていた土地で、額に悪魔信仰者の証を刻んだ人間が、果たしてどれほど長く潜伏していられるだろうか。
 ――町の中で悪魔の洗礼を受けたのかもしれない。
 だが、やはり商会は疑わしい。

「悪魔信仰者ですか?」
「違う!!」

 リールの言葉に、男は憤慨しきった口調で反論した。けれど、男はフードの端をぐいと引っ張って決して顔を見られないように意識していた。
 エリーゼはスッと目を細めた。

「――額に、悪魔信仰者の印でもあるのかな?」
「違うと言っている」

 男はそうは言うが、顔を見せて証明しようとはしなかった。

「ビスタさん、門番に賄賂を掴ませて、荷物検査をすり抜けたよね? 私、知ってるよ……荷物検査をすり抜けた箱馬車は、人を何人か隠せるぐらいの大きさがあった。そこに誰を隠していた?」
「……驚きました、エリーゼ様。よもやそこまでご存じだったとは」

 嘆息してその事実があったことを認めたグダマルダを、エリーゼは睥睨する。
 グダマルダは諦めたように溜息を吐いた。

「だから出てくるなと言ったんだぞ、ジェイス」
「……ジェイスというのは、トランプによく似ているという道具の名前と同じですね?」

 怪しむようにリールが外套姿の男を見やると、男は頷いてみせた。

「俺が考えた。俺たちの村で作った……町で材料を仕入れて、作って、登録するというから、ついてきた」
「そう、それだけなんです、エリーゼ様」

 グダマルダはそう弁解するけれど、エリーゼには腑に落ちない点がある。

「町で登録したいだけなら、賄賂ですり抜ける必要なんてないでしょ?」
「……ともかく、これはトランプのまがい物ではない!」

 男にとってはそれが一番重要なことらしい。
 話が進まないから、エリーゼは剣先を男に向けながらも、グダマルダが広げたカードを見下ろして言った。

「確かにこれは、トランプじゃないみたい」
「何を言ってるんです? 姉さん、こんなもの、トランプの類似品でしかありませんよ」 「えっ? 違うよ?」

 エリーゼのあっけらかんとした答えにリールは答えに窮した。ジェイスはそうだと言わんばかりに、ぶんぶんと首を縦に振る。
フードが外れかかって一瞬顔が見えたけれど、少なくとも顔には悪魔信仰者の印はなかった。なんとなく、とても若そうに見えた。
 エリーゼは少し緊張を緩めてしゃがみ込むと、グダマルダの足元に広げられているカードにそっと触れた。

「懐かしいなあ。似たような玩具を見たことがあるんだよ。色が同じカードか、同じ数字なら手札を出せるの。最後の一枚になった人は、これを出したら自分は勝っちゃうぞって意味で、そのゲームの名前を言わなきゃいけないの」
「ジェイス、と言えばいいのか?」

 男が小首を傾げつつ聞いてくる。エリーゼの言葉に興味を持った男の様子に、エリーゼは少しおかしくなりながら頷いた。

「うん、そうだよ」
「……数字が揃ったら全部一緒に出していいんだ。最後一枚にならない時には、どうしたらいいんだ?」
「そういうのは、ジェイスあがりってことになるから、別に何も言わなくていいの。作戦の勝利だね」
「――これを考えたのは本当に俺だからな!」
「こらっ、ジェイス!」

 エリーゼに似たゲームのルールのようなものを説明され、発明の権利か何かを取られてしまうと心配になったのだろうか?
叫んだ男を、グダマルダが叱りつける。砕けた口調で話して、叱っている二人の様子を見ていると、悪魔信仰者とその協力者がエリーゼを殺しにきたようには思えない。隠されている顔を見ようと、フードの中を覗きこもうと動いたエリーゼの視線に気づくと、その視線から逃れるようにジェイスは腕で顔を蔽った。

グダマルダはジェイスを庇うように前に出ると、エリーゼに問いかけた。

「エリーゼ様がご存じだというその玩具は、大聖堂に登録されていなかったのでしょうか」
「はい、だと思います」
「もったいない話ですねえ。登録されていれば、私はもっと早くにこのカードゲームで遊べたでしょうに」

 本当に残念そうに言いながら、グダマルダは地面に広げたカードを集めていく。グダマルダはふてくされた様子のジェイスに苦笑しながら口を開いた。

「私が行商でこのジェイスの暮らしていた村に寄ったのですがね、そこではトランプを奇妙なやり方で使っていたのですね。村の子供らみんなでやるために、三つほど混ぜてしまって、トランプの制作者が意図していたのとは別のやり方で遊んでいるんですよ。それを見て閃きましてねえ」
「俺が閃いたんだよ」

 子供のように言うジェイスの言葉を受け入れて、グダマルダは強く頷いた。

「わかっているとも、ジェイス。――私は発案者に敬意を抱いているのですよ。ですから、このジェイスという玩具を作るにあたり、ジェイスに大聖堂での特許登録をさせましたし、ジェイスが材料集めから制作過程を見たいと言うので、危険を冒してこの街の中にも連れてきてやりました。アーハザンタスでは上質な魔物の皮を仕入れることができますからね。トランプの販売を禁じられた今、ジェイスを登録できたことは不幸中の幸いでした」
「……危険を冒して?」

 グダマルダの言葉の中から妙なニュアンスの言葉を聞き取り、首を傾げるエリーゼに、グダマルダは意味深にジェイスを見やった。

「そうです、エリーゼ様。さあジェイス、こうなったら仕方がないから、フードを外しなさい」
「……勇者の家の人に見せるのはいい。だけど、ここには無関係のやつもいる」
「ぐだぐだ言うんじゃない。さっさとお見せしなさい」
「怖がるかもしれないよ。俺の姿を見せたら」
「その姿だと、先日エリーゼ様のお命を狙ったという狼藉者にそっくりだそうだぞ。それこそエリーゼ様に不快感を与えてしまう」
「……これでいいだろ」

 ローブの袖からぬっと出てきた手が、妙に筋張っていて、毛深かった。ジェイスは一気にフードを取り払い、顔から布を剥ぎ取った。そこにあったものを見て、エリーゼ達は声をあげた。
 特にエリーゼは、黄色い声を上げた。

「獣の、耳! ――もしかして、獣人!?」 「森の人。俺たちは俺たちのことをそう呼んでる」

 ジェイスはぶっきらぼうに言う。そのぼさぼさの茶色の髪の合間から、茶色の短毛で覆われた獣の耳が突き出していた。内側は柔らかそうなピンク色をしている。どういう関節で頭蓋骨にくっついているのか、その耳はぴくぴくと忙しなく動いている。獣の耳があるのに、ジェイスの顔の両脇には、人間の耳もくっついている。
 エリーゼは甲高い声をあげて、その場でピョンピョン興奮気味に飛び跳ねた。

「森の人! 獣人、リール! 獣人!」
「……そういえば、獣耳は世界の宝、なんでしたっけ」
「世界? なんのことだ?」

 不審そうにエリーゼを見やるジェイスは、耳を除けば成人した男性だった。美貌でもなんでもない、普通の顔立ちをしている。だが、その頭に獣耳がついていると、妙に可愛く見えてくる。

「うわあ。あの、耳に触っちゃだめですか?」
「はあ!? ダメだ!」
「えええっ、お願い、少しだけ!」
「ダメに決まっているっ。慎みがないのか、人間の女は!」

 バッとフードを被り直してしまったジェイスに、エリーゼは「あああ」と呻いた。今にも縋りついて懇願を始めそうなエリーゼを、リールは後ろから羽交い絞めにして引き戻す。未だに隠されてしまったジェイスの獣耳のあたりを熱心に見つめるエリーゼの代わりに、リールがグダマルダの方を見やった。

「だから、素顔を隠す必要があったんですね」

 アーハザンタスに人間以外の種族が入ることは固く禁じられている。タイターリスが異種族を見つけた端から国外へと逃がしていたように、このアールジス王国の、特に首都アーハザンタスは、異種族の者にとっては逃げ出し後にしなくてはならない場所なのだ。

「そうなのです。私共に、勇者様を害する意志はありません。私共で調べましたところ、恐らくエリーゼ様は既にご存じだとは思いますが、ソマリオラ商会とディアストール商会が怪しいかと思われます。彼らも積み荷を誤魔化した形跡がありますからね。――これを調べる為に調べていたわけではないのですが、情報を手に入れる為に私は結構な金額をまく必要があったのですよ。エリーゼ様はよくご存じでしたねえ。大金をお持ちなのですか?」
「それぐらい、お金を払わなくても教えてくれる伝手があるから」
「それは羨ましい伝手ですねえ」

 グダマルダが呆れたように言う。エリーゼは肩を竦めた。エリーゼはお金で誤魔化される側に伝手があるだけだ。自分の命を守るためだけに使うのならばともかく、まっとうな商売をしている商人が犯罪者と繋がりを持つのは、不利益の方が多いだろう。

 エリーゼは安心して短剣をしまった。
 足元を見たら、急いで置いた器から少しスープがこぼれてしまっていた。拾って中を見てみたけれど、幸い埃は入っていないみたいで、食べられるだろう。
 エリーゼが緊張を緩めている横で、ディータとシーザは御者の人とお話していた。

「あなたは何も見なかった、そうですよね?」
「何か見ていたとしたら、あなたは勇者を敵に回すことになりますよぉ? あ! アールジス王国もかな? 私たち、アールジス王国の新しい王様と知り合いだから」

 シーザの細腕に締め上げられて青い顔をしている御者が少し気の毒だ。
 けれど、エリーゼたちがあらぬ疑いをかけたせいで、グダマルダと獣人の繋がりが露見した。このことで何か迷惑がかかるようなことがあってはいけない。

 シーザの脅しを黙殺してエリーゼは食事を始めた。粉は片栗粉のようにスープにとろみを与えているだけで、余り存在感がなかった。
 香りの強い野菜が入れられているみたいで、その野菜が多少柔らかくなった干し肉の味を引き立てていた。

「ああっ、エリーゼ様! ぼくが毒見するって言ったのに!」

 慌ててディータも食べ始め「毒はなさそう!」と宣言した。
 シーザも御者を離して食事を始めた。ディータとシーザの間に座らされた御者は小さくなって一緒に食事を開始していた。

 エリーゼたちがグダマルダの用意したスープを飲み、手持ちのパンも食べ終える頃、リールが不意に呟いた。

「それにしても……販売禁止、ですか?」

 じとりと、エリーゼを横目で見ながらリールが言う。
 リールはエリーゼが、トランプを発案者として精霊の御代に登録したことを知っている。
 それを知らないグダマルダは、てらいなくリールの言葉に頷いた。

「そうなのです。遂にトランプの制作者が商業ギルドの横暴に気づいたのでしょう。ビスタ商会と、ソマリオラ商会と、ディアストール商会のみが商業ギルドへ献金することでトランプの販売許可を得ていたのですが……そのつけがまっとうに商売していた私共に降りかかってくるのは些か承服しかねます。ですが、これまで旨味を吸ってきた報いだと言われれば、仕方ありません」
「……当然の報いですね」
「リールってば」

 グダマルダも、商業ギルドにそうせよと言われ仕方なくそうしていただけだろう。ギルドにお金を払わなければトランプを販売してはいけないと言われて、お金を払っていた人を責めるのは違うだろうし、それで販売を諦めた人たちのことはもっと責めようがない。
 ただし、今のところ禁止を解除するつもりも、エリーゼにはない。
 ……まだすべての疑いが何もかも晴れているとは言いがたいからだ。

 グダマルダは白かもしれない。けれど、彼の商会の全ての人間が白とは限らない。

「リール様、そうおっしゃるということは、あなた様はトランプのファンで?」

 じとりと睨まれたにも関わらず、グダマルダは子供のような顔で目を輝かせた。
 少年のような目で見つめられたリールは、エリーゼの権益を侵されたことが腹立たしいとは言えずに言葉に詰まった。
 エリーゼはそのことで余計な注目を集めるつもりがないし、隠しておきたいと思っている。

「リール様、エリーゼ様もどの遊びがお好きですか? 私は神経衰弱がどうも弱くて、ですがそれが逆に面白くてですね……!」

 言葉に詰まるリールの代わりに、エリーゼが答えた。

「わ、私はえーと、7並べ?」
「いいですね。私、こうした遊びが大好きで――私、ジェイスだけではなくトランプも持っているんですよ。食後に一緒にやりませんか?」
「あー、そうですね、はい」

 誤魔化すために頷き続けるエリーゼに合わせて、リールが動き出し、グダマルダがとりだしたトランプをひったくるように奪うと器用にカードを混ぜ始める。

 ジェイスも既にやる気満々で、リールが無言で配っていくカードを、配られる度に拾って手札に加えている。それを見て、エリーゼは調子に乗って指摘した。

「ジェイスさん、自分だけそうやって顔を隠しているのは、ずるいですよ」
「は!? ずるい!?」
「隠しちゃだめですよ! フードはとるべきですよ、公平を期すために!」
「そ、そうか? 確かに……相手の顔色を読むのは、戦いの基本だな」

 フードを外したジェイスにエリーゼがまたもや黄色い声をあげた。ぎょっとしたように身を引くジェイスに、グダマルダは苦笑した。
リールはカードを配り終えると、身を乗り出してジェイスに手を延ばそうとするエリーゼを力づくで引っぱり戻す。
 そして、リールは宣言した。

「――では、ダウトをやりましょう。ボクの一番得意なゲームです」
「ダウト? なんだっけ?」
「なんで姉さんが忘れてるんですか……」

 唖然として呟くリールの横でエリーゼが首を捻る。同じようにわからない様子のシーザやディータに、グダマルダが生き生きと説明する。

「私達は順番にカードを伏せて場に出してゆきます。私から始める場合、私は1を出さなくてはなりません。私の次のジェイスは2、エリーゼ様は3ですよ。数字は少しずつ大きくなっていき、13までいったら1に戻ります。手札を全て場に出し終えた人が勝ちですよ」
「ええと、ぼくの番では5を出さなくてはならないようですが、5がない場合はどうしたらいいのでしょう?」

 控えめに質問をしたディータの手札に5はないようだった。ダウトというゲームのルールを思いだしたエリーゼは、5でダウトを宣言することを心に誓う。

「ない場合は、他の数字を出すのです。ある場合でも、全然別の数字を出したって構いません。伏せて場に出しますから、わからないんですよ。とりあえずやってみましょう。私からですので、1を出します」
「俺は2」
「3」
「ボクは4ですね」
「ええと、ぼくは5――」
「ダウト」

 エリーゼの無情な宣言により、場に出した全てのカードはディータの手札に加えられる。増えた手札を見おろしてディータは目を丸くした。

「ちょっとエリーゼ様、この中に3がありませんよ!?」
「なんでだろうね。不思議だね?」
「――こういうゲームです。みなさん、おわかりいただけましたでしょうか?」

 飄々とするエリーゼを睨みつけるディータ。グダマルダは二人を微笑ましく眺めながら、ゲーム開始を宣言した。




『ウノ。商標登録されてるらしいです。一応単語出しを回避しました』






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