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村への招待






「ジェイスさんたちはこれからどうするんですかっ?」

 馬車を平行して歩かせつつ、エリーゼやグダマルダ、ジェイスたちは歩いていた。
エリーゼが出会った時とは打って変わったニコニコ笑顔で尋ねると、ジェイスはそっと身を引いた。
 しかし、グダマルダは愛想よく答えた。

「一度ロワーズで補給をしてから、ジェイスの村へ行く予定です。精霊の特許がどうなったか、村中が気にしているでしょうから」
「わっ、私も一緒に行っちゃだめですか?」
「もちろん、と言いたいところですが私もよそ者ですので……ジェイス?」
「……妙な女だが、勇者の子だし、それに、一応、好意的ではある?」

   ジェイスは首をひねりつつ、「村長に聞いてみるがたぶん大丈夫だろう」と請け合った。
 エリーゼはもろ手を挙げて喜んだ。

「やったあ! うわ、嬉しくて泣きそう……!」
「そ、そこまで嬉しいんですか?」

 リールが若干引いた顔をして言う。
 エリーゼは握りこぶしを作って叫んだ。

「あたりまえだよ! 私の夢が、一つ叶うよ!? 異種族混合パーティを組むんだよ!」
「今のところ二種族で――ぐえっ」

 ディータがシーザに脇腹を突かれて吹っ飛んだ。人間と魔族、確かに二種族揃っているが、人前で言うようなことじゃない。
 エリーゼは、失言をしたディータの存在は無視して引き続き喜びを示した。
 その上で、一つ提案をした。

「もし、ジェイスさんの種族のことで何か困ったことがあれば、私たちを頼って下さいね!」
「姉さん! 安請け合いしないでください」
「あくまでジェイスさんの種族のことで、だよ。……もし精霊神教会が差別して、種族がちょっと違うからってそれだけで悪く言うようなら、私は絶対にそんなの、見過ごせないから」

 エリーゼはリールをまっすぐに見つめながら言う。
 精霊神教会が差別して、種族が、魔族だからと……それだけで何もしていない内からリールの弾圧を始めたことは、エリーゼにとっては思い出すだけで腹立たしい出来事だった。
 同じような苦難に見舞われている人がいて、エリーゼにそれを助ける力があるのなら、エリーゼは助けたいと思う。
 真剣な眼差しを受けて、リールは戸惑った様子で「けれど……」と言ったきり口を噤んだ。

「エリーゼ様、ご迷惑をおかけすることになるかもしれませんよ?」

 グダマルダは控えめに言いながらも、そうできるのであればありがたいという雰囲気を醸し出している。
 それに対して、エリーゼはしっかりと頷いた。

「どうにもならなければ私の名前を出してください。私……精霊神教会の異種族に対する考え方が、本当に大嫌いなんです」
「私も……こう言ってはなんですが、行き過ぎていると常々思っていますよ。どうしてああまで徹底するのか……」

 それが宗教の盲目さともいえるだろう。
 宗教が悪いとは言わないけれど、この世には自分で背負いきれない責任を負う必要のある、主張をする人がいる。
 背負いきれずに潰れるのならいいけれど、神様に責任をなすりつけてしまう人がいる。
だから、本当は重いものを背負うべき人が、とても身軽なことがある……。

(……シルフローネ)

 エリーゼは不愉快なことを思い出しかけて頭を軽く振った。
 エリーゼの思いを受け、グダマルダは微笑んで礼を言った。

「エリーゼ様、ありがとうございます……もしかするとお力添えをお願いすることがあるかもしれません。ですが、その時になってご迷惑であれば必ずおっしゃってください。我々はあなた様の負担になりたくはありません」
「そうだ! グダマルダの言う通り、おれたちは勇者の子の邪魔はしない。もしそんなことになれば不名誉で、森に帰れない」
「わかった。じゃあ、私たちも厳しい状況だったらすっぱり見捨てる」

 エリーゼの言葉にグダマルダもジェイスもほっとした顔をした。
 好意的な二人の態度……特にグダマルダの態度に、エリーゼは少し気まずさを覚えた。エリーゼは未だにグダマルダのことはあまり信用できないと思っている。
 確かに獣人に対する態度を見れば、そして彼が通した道理を見れば、種族差別に反対していることに関しては間違いないと言っていいだろう。
 けれど、彼の親切な態度や誠実そうな顔には、もしかしたら裏があるかもしれないと疑う余地が残っている。
 人道的な理由ではなくて、ただ商売のために人種差別に反対しているのではないだろうか? 利益が出るから。

 しかし、種族差別をしないとはいえ、リールが魔族だからという理由での差別もしないという根拠になるだろうか?
 魔族だと、獣人とは別の扱いを受けるかもしれない。
 ……でも、もし彼が人道的な理由からではなく、商売のために、利益が出るからという理由で種族の隔てを嫌っているのだとしたら。
 むしろそういう理由の方が、リールが魔族だからといって、隔意を抱くことはないのではないだろうか。

(……グダマルダが善人でない方がリールを受け入れる可能性が高いなんて、変な話)

 グダマルダは行き先であるロワーズについて思いを巡らすように、宙を見た。

「ロワーズの支店での調整などもありますので、一週間ほど滞在します。我々は支店に泊まっていますので、エリーゼ様の滞在される宿が決まりましたら教えていただければ……大変口惜しいことに、ロワーズにあるいい宿はほとんどディアストール商会の関連商会ですので、私どもでは紹介できず、申し訳ない限りです」
「そうなんですね。リール、冒険者ギルドで聞いてみよっか?」
「姉さんは冒険者ギルドに行ってみたいだけでしょう」

 そういうところは確かにある。
 ギルドマスターの権限はとても強いという話を聞いている。だから、町によってギルドの様相は様変わりするらしい。
 ……ならば、是非とも見てみたいと思うのが当然だ。エリーゼはワクワクとした気持ちで言った。

「それじゃ、まずはロワーズまで一緒に行きましょう!」
「……おれの後ろに、立つな」

 ジェイスがビスタ商会の馬車に引っ込んでしまうと、エリーゼは膨れ面をしながらも、自分たちの馬車に乗り込んだ。

「姉さん、嬉しいのはわかりましたから、少しは落ち着いてください。見てるこちらが恥ずかしい」
「そうだね、落ち着いて……ジェイスさんの村に着いたら弾けることにする!」
「弾けないでください」

 リールにぴしゃりと言われても、エリーゼはまったくめげずにウキウキしながら窓から覗くビスタ商会の馬車を眺めていた。
 落ち着いたのは「ジェイスの村の村長に許可を出さないよう要請する手紙を書きますよ」とリールに脅されてからだった。






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