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交易都市ロワーズ






 ロワーズは高い壁に囲まれた町で、その壁に沿って左の方――方角的にはロワーズの北東方面へ進めばシーザリア王国へ、壁に沿って右の方へ進めば、方角的には南東の方角にあるリヴァーサ王国へ行けるようになっていた。

 乗り合い駅で馬車から降りると、エリーゼたちはロワーズの賑やかな門前市場をせかせかと通り過ぎて、あけ放たれた門に向かう。
 エリーゼとしては通りを観光したい気持ちはあったけれど、それより、ジェイスとグダマルダの一行が無事にロワーズ内に入ることができるかが気がかりだった。ロワーズ内ではグダマルダがまたジェイスの為に、ジェイスを全面に押し出して紹介にてお披露目をやろうと考えているらしい。
 もちろん、ジェイスは獣人だから、紹介する人は選ぶらしいとエリーゼは聞いている。

「……あ、よかった、入った!」
「おざなりな荷物検査ですね。あれではロワーズ内に悪魔信仰者がいてもおかしくありません」

 少し後ろから、グダマルダのビスタ商会一行が門を通り過ぎるのを見ていたエリーゼはガッツポーズを取ったけれど、リールの指摘に顔を顰めた。
 確かに、荷物の中に隠れているジェイスが見つからなかったということは、他の誰かだって、見つからずに町に入れるということだ。
 けれど、とりあえず今はジェイスの無事の町入りを喜ぶことにして、エリーゼたちもその後に続いた。
 町の出入りを監視しているのは、その胸に貼られているワッペンを見るに、冒険者のギルド職員のようだった。

「ギルドの方が門番をしてるんですか?」

 エリーゼは素朴な疑問を口にしつつ、稼いだ時間でギルドカードの不都合な部分を色々と隠した。
名前、と職業の冒険者だという項目だけを表示して渡すと、門番をしているおじさんは苦笑して教えてくれた。

「いや、我々は普通の兵士なんだけど、今は冒険者ギルドの指揮下にあるんだよ……アーハザンタスからの連絡が途絶えているからね」
「ああー…」
「きみたち、王都の方から来たんだろ? 最近そちらから来る人はほとんどいないんだよ。今は何が起きているか教えてもらえないか?」

 王様が死んで新しい王様が立った、というようなことは、当然まだ周知されていないんだろう。
 デザイートスが旧権力をつつがなく掌握するのにどれだけかかるかもわからない。
 無暗に口外しない方がいいことはエリーゼにもわかった。

「えーっと……私たちが町を出る時、勇者が王都迷宮を攻略中だった、かな?」
「勇者様が王都迷宮を!」
「うん、その後どうなったのかは知らないです」

 エリーゼはにっこりと笑って嘘を吐いた。横にいたリールは顔を背けて無言のままだ。
 勇者ステファンは王都迷宮を既に攻略し、新しい迷宮に向けて出発済みのはずだ。ヴェンナに行き、港湾都市ヘリエステルにも行くんじゃないだろうか。

「そうかあ……勇者様が……世の中は明るくなるかな」
「……」

 エリーゼは様々な理由のために、無言を貫いた。

「きみらは勇者様を見たことがあるんだよね! いいなあ」
「そろそろ通してもらえますか? それとも、姉さんのギルドカードに何か不備が?」

 リールがイラついたように言った。ステファンに関する話題なので、エリーゼがボロを出すのを防ぐために話を切り上げようというのかもしれない。
門番の兵士は、慌てたように仕事を開始した。リールに言われなくとも、エリーゼたちの後ろには列ができているので、仕事に取り掛かった方がいいだろう。
この世界の列は……人数が少ない内はともかく、人が多くなりすぎると決壊して騒ぎが起きるので。

「いやいや、そんなことはないよ。ちゃんと冒険者ギルドの冒険者になってるよ。それじゃ、きみたちのカードは?」
「私たち、あとはみーんな十四歳ですぅ」

 シーザが髪の毛をいじりながら言う。印象が悪いのでエリーゼがそれをやめさせると、門番は微笑ましそうな顔をしつつ頷いた。

「じゃ、エリーゼさんが保護者だね。名前に苗字があればその欄と、正確な年齢を教えてもらえるかな? ――彼らがこの町で何か問題を起こした場合は、エリーゼさんの責任となるから気を付けるように」
「はあい……気を付けるように! 特にディータ!」
「えっ!?」

 ディータがへらへら他人事のように笑っていたので、エリーゼは釘を刺した。
 シーザとディータはどちらもエリーゼについている理由が曖昧な上、特にディータについては素性がよくわかっていない。
 騎士学校に入学していたはずなのに、その情報も聞いてみれば嘘だという話だった。
 ディータは軽く言っていたけれど、仮にも国営の騎士学校に経歴を詐称して入るというのは普通にできることではない。

 ――とはいえ、エリーゼとしても無理に聞き出すつもりはない。
 エリーゼも他人には話せない事情を持っている。リールもだ。
 特殊な事情を持っているからこそ、協力してくれているところはあるだろう。
 無事に門をくぐったエリーゼたちは、雑談しつつ町の中に入っていった。すぐに見えてくるのが宿屋とその客引きだった。

「シーザはロワーズに来たことがある? シーザのお父さん、この国の中で商売してるって言っていたよね?」
「来たことはありますけどー、あんまり覚えてません。私、小さかったし」

 エリーゼの特に深い意味のない問いに、なんとなく不機嫌そうにシーザは唇を尖らせる。その小さい時にこの町を訪れた時の事は、あまりいい思い出ではないらしい。
 シーザのことは親の顔と商売まで知っている。そして、何が幼いシーザを悩ませたのかも、エリーゼにはなんとなくわかった。
 精霊の恩恵(ギフト)――【剛腕無双】
 うら若い少女が持っていて嬉しい恩恵(ギフト)ではない。

「そっか、おすすめの宿とか知ってたら教えてほしかったけど……ビスタさんたちいなくなってるね?」
「積み荷がアレですからね。移動せざるを得ないんでしょう」
「どうやって連絡を取ろうか?」

 いくつか考えつかないではなかったけれど、エリーゼはあえてみんなに確認を取った。リールは嫌そうな顔をしつつも、提案してくれた。

「連絡を取るのは大前提なんですね……だったら、冒険者ギルドか、商業ギルドにでも言づけておけばいいと思いますよ。あちらに姉さんと連絡を取る気があれば冒険者ギルドに来るでしょうし、なくとも商業ギルドには立ち寄るでしょう」
「私から逃げられると思ったら大間違いだよ……!!」

 絶対に見つけてやる、とエリーゼが意気込んでいると「彼らに迷惑がかからないようにしましょうね」とディータにやんわりと言われた。
 もちろん、そのつもりだから、エリーゼは唇を尖らせつつも頷いた。

「おすすめの宿、知りたいよね。まずギルドに行って聞いてみよう」
「姉さんのギルド証も登録しておいた方がいいですよ。移動期間があったことを示しておかないと、ノルマ未達成で資格を喪失しかねません」
「そうだね……あれ? ここって迷宮ないけど、ノルマってどうやって果したらいいんだろ?」

 迷宮があったアーハザンタスでは、冒険者は常に迷宮に入るという果たすべき義務がある状態だった。
 エリーゼたちが道行く人やお店の人に道を尋ねると「可愛いパーティだねえ」と微笑ましい視線をもらいつつも冒険者ギルドの場所を教えてもらえた。
 冒険者ギルドは、門からずっと続いているまっすぐな大通りを歩いていけば、左手に見えてくるらしい。

「私たち、完全に観光だと思われてますねー。ま、エリーゼ様すら冒険者には見えませんから仕方ないですけど」
「装備を身に着けてるのに!」
「旅をする上で必須の装備ですよぉ。……私は装備してないですけど」

 シーザは小さな声で付け加えた。
 並ぶ者のいない剛腕の持ち主とはいえ、防具なしというのは見ているエリーゼの方が心もとない。

「やっぱりシーザも、何もないっていうのはなあ。私も、武器をもっとちゃんとしたものを持ちたいと常々――」
「姉さんに必要なのは防具ですよ」
「リールがミスリルのハーフプレートをくれたじゃん?」
「まだ首も腕も足も頭も守れていません」

 エリーゼの武器の新調は、防具をすべてあつらえてからとリールによって決められてしまった。
 冒険者ギルド前に到着すると、エリーゼたちはぽかんとした。
 その建物の前には間違いなく、冒険者ギルドの旗が翻っていた。血だまりを表す楕円に剣が刺さっている。盾はない。

「ええええ……王都のギルドより大きいってどういうこと……?」
「こちらのギルドの方が儲かっているということでしょう。入りますよ」
「あ、待ってリール」

 何階建てなのかは外観を見ただけではすぐにはわからないけれど、かなりの高さを持つギルドに入り、またエリーゼは驚いた。

「うわ、きれいだね」
「いらっしゃい、護衛の依頼?」

 エリーゼが明るい雰囲気の冒険者ギルドの内装に驚いていると、カウンターの内側にいた受付のおばさんが出てきて聞いてくる。
 恰幅のいい、なんとなく定食屋で働いている方が合っていそうな雰囲気のおばさんだった。
 エリーゼはギルドカードを展開させて身分を明かした。

「こんにちは、私は冒険者です! この町に来たのでその登録と、あとノルマ達成までの期限を教えてください」
「あらららら……ご家族と一緒に?」
「はい!」

 恐らく、親と一緒かという意味で聞かれているとエリーゼにはわかったけれど、特に訂正はしないでおいた。
 エリーゼが家族と一緒なのは本当だ。弟のリールと二人で冒険中である。そこにシーザとディータがくっついている形だ。
 おばさんにカードを渡すと、おばさんは水晶玉のようなものにカードを翳した……精霊の御代だ。
 精霊の御代が光り、その光がカードに僅かに移ると、おばさんはエリーゼにカードを返して精霊の御代を手に取った。

「登録は済んだわ。移動の期間は除外するから……あら、依頼の点数のポイントがたまっているから、しばらく働かなくっても大丈夫ねえ」

 エリーゼは今年いっぱいはもう冒険者としての活動をしなくとも、カード失効の危険はないらしい。
 依頼のポイント的にはもっと長期間でも、制度的には問題ないそうだ。ただ、あまり長い間活動を休止していると冒険者ギルドの評価が悪くなるそうだ。

「んんー、もっと上にあがりたい気もするから……一応、このあたりでできる依頼も見ておこうかな」
「あちらに掲示板がありますね」

 リールが指を向ける。そこにある掲示板も、アーハザンタスにあったギルドとは違っていた。何が違うのかとエリーゼは目を細めて観察した。
 どうやら、どこもかしこもきれいなところに理由があるらしい。
 アーハザンタスの冒険者ギルドなら、依頼票の余白や掲示板に落書きがあったりしたし、並んでいる机はナイフで刻まれていたり、床にはゴミが落ちていたりと、どこもかしこも汚かった。

 けれどここはゴミ一つ落ちていないし、受付の女性は穏やかな顔つきをしているし、唐草模様に似た模様の壁紙が可愛いし、依頼票は整然と並んでいて見やすい。
 そして、依頼票を見てエリーゼは、このギルドの収益がどこにあるのかがわかった。
 多くは、護衛の依頼だった。
 ここは王都アーハザンタスとリヴァーサ王国、そしてシーザリア王国を繋ぐ中継地点になっている。
 今はアーハザンタスとのラインが途切れているけれど、リヴァーサ王国とシーザリア王国の中継地点となっているのは今まで通りみたいだった。
 だから迷宮に異変が起きているにも関わらずこの町は賑わっているし、依頼が多い。

 後、もう一つの依頼はロワーズの東に広がる『深い森』と呼ばれる森からくる魔物退治の依頼だった。
 アーハザンタスにとっての王都迷宮のような場所だろう。資源は豊富だけれど、危険だから定期的に魔物狩りをしなければならないという場所だ。

「エリーゼ様、リヴァーサ王国に行くんですよね? 手形発行の手続きもしちゃいましょうよ」

 シーザに言われて、他国へ行く時に手形が必要になることをエリーゼは初めて知った。

「でも……あれ? じゃあフィンたち、どうするんだろ?」

 彼らの多くは市民カードを持たない子供だ。保護者が付いていれば移動は可能とはいえ、あれだけの大所帯だと町に入るのにも苦労するだろうし、手形の発行も難しくなりそうだ。
 エリーゼの疑問にシーザは肩を竦めて答えた。

「裏から入るなら手形がなくても、いくらでも方法はありますけど、私はコソコソするの嫌ですよ?」
「うん、私も嫌だよ」
「それじゃ、エリーゼ様の名義で手形を発行してもらいますね。私とリール様の分も」

 シーザは受付で用紙を受け取ると、サラサラと必要事項を記入していく。
 エリーゼは、シーザが無難に項目を埋めていくのを眺めることにした。手続きに慣れているようだった。

「ぼくの分も発行してもらいましょう!」
「えー、あんたがやったことの責任がエリーゼ様に降りかかると、私も迷惑なんだけど……」

自分の名前がハブかれていると耳ざとく気づいたディータが主張する。
シーザは嫌な顔をしつつも、最後には書類にディータの名前を加えてやっていた。とても小さく。

「エリーゼ様、書類を確認してサインをお願いしまーす」
「シーザって意外とよく働くなあ」
「意外とってなんですか! 私は働き者で気立てのいい女の子ですからね!」

 だから嫁入り先を必ず見つけてくださいよ! とシーザはエリーゼに拳を握って懇願する。
 うんうんと頷きつつ、エリーゼは書類の内容をさらっと読んだ。どうということもない、手形の申請の定型の書類に見えた。
 アールジス王国にいる保証人の欄に勝手にエイブリーの名前が書かれている。まあ、いいんじゃないかな、とエリーゼは判断した。

「私はここにサインすればいいのかな?」
「そうです。あ! 偽造されにくいように、エリーゼ様の特別なサインをしてください!」
「ええー、そんなサイン考えたことないんだけど」
「商人には常識ですよ!」
「私は商人じゃなくて冒険者ですー!」

 エリーゼとシーザが言い合っていると、周りからくすくすという笑い声が響いてきた。
 アーハザンタスの冒険者ギルドなら嘲笑はされても、こんな微笑ましいと言わんばかりの態度を取られることはなかった。
 穏やかな目で見れば、エリーゼとシーザは十五歳と十四歳の女の子である。
 急に恥ずかしくなったエリーゼは、普通にサインをした後、その横に古代語と古代星(ルーン)語でもサインしておいた。

「できるじゃないですか、エリーゼ様……これなんの模様ですか?」

 普通語でエリーゼ・アラルド・ハイワーズ、と書かれた横に古代語でエリーゼ、と書いておき、その下に古代星(ルーン)語でエリーゼと入れてある。
読めない人にはニョロニョロとした模様で下線を引いているようにしか見えないだろう。
 ちなみに、特に意味は込めていない。込められるけれど、敢えてやらなかった。
 エリーゼがシーザの問いに応えずにいると、シーザは「まあなんでもいいです」と言ってギルドの受付のおばさんに提出した。

「どれぐらいで手形がおります?」
「ちょっと時間がかかるかもねえ……住所を教えてもらえれば、手形がおり次第手紙をやるけれど」
「だってエリーゼ様。どうします?」
「私たち、まだ宿も決まってないから……あてもないし」

 エリーゼがそう言うと、受付のおばさんが「女の子が泊まるなら気を付けなくっちゃ!」と言って、安全な宿を色々教えてくれた。
 安全な分、お金はかかるようだけれど、エリーゼもシーザも安全はお金を払ってでも買うということで意見が一致した。







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