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妹への愛




※閲覧注意
完全にアウトですどうもありがとうございました。
18Rとかじゃないですがどんな話でも大丈夫な方だけどうぞ。




 可愛いハルアに見送られて家を出る。
 最近冷たい表情をしていることが多いハルアだったけれど、今日は何故かとても機嫌よさそうな笑顔を見せてくれた。

「兄さん、お全出して」

 ……ハルアに掌を見せられて、おれはうんと頷いて財布の中身を全部あけた。
 その額を見て、ハルアが舌打ちしたような気がしたけどおれは大丈夫。

「さっさと行けば? ギルドの仕事があるんでしょ」

 少ない硬貨を数えながらおれの方を見ないで言うハルア。
 最近、お金を渡す時だけハルアの笑顔を見ている気がする……。

「き、今日は、もっとたくさん稼いでくるからな!」
「当然でしょ」

 冷ややかな声でそう言われても、やっぱりおれは大丈夫だった。
 つまり、おれがハルアの傍にいるたった一人の身内として、男として、ハルアのために稼ぐのは当然だということだからだ。

 ……当然だけど、やっぱりハルアに優しくされたい。

「なあ、ハルア、その――」
「うるさい」

 どんと肩を押されて、それは全然大した力でもなかったけれど、ハルアの意思に従ってやりたくて押されるままに動いたら家の外だった。
 そしてバタンと扉が閉められる。
 すぐに鍵をかける音まで聞こえてきた……。

「……っ」

 おれは涙をこらえてその場からどうにか離れた。
 おれなんて、全然マシな方なんだ。
 自分で自分を慰めながら、おれは今日もバターレイに向かう。

 おれが商業ギルドのギルド員になったと知るや否や、フィンがおれの身分を利用し始めた。正直おれには何をさせられているのかわからない。けれど、それがヤバイことなんだとはわかる。

 ただこの場合のヤバイっていうのは、悪い事っていうだけで、命の危険はそれほどなさそうに思えた。フィンがおれのギルドカードを利用して何やら金を動かしているようだけれど、万が一何かがあったとしても、おれに負債を押し付けるようなマネはしないだろう。フィンのそういうところは信じられる。

 おれがバターレイに到着したことをどうやって知るのか、フィンはすぐに現れた。

「フィン! ギルドカードを返してもらいに来たぞ」

 一体何に使っているんだか知らないが、ヤバイ稼業におれを、特にハルアを巻き込むのだけはやめてほしい。
 多分大丈夫だって気がするから渡しているけど、ハルアにとってヤバイ匂いが少しでもしたら、すぐに手を引くつもりだ。

 フィンもそこんところはわかっていて、色々調節はしてくれているっぽい。
 フィンに示されて、適当にバターレイを連れ立って歩きながら会話する。

「商売ってのはオモシロイよな?」
「おれに聞かれても、知らねーよ」
「それでなんでオマエは商業ギルドに入ってんだよ? そこはフツー、冒険者ギルドだろ」
「なんの普通だ?」
「エリーゼ的フツー」

 言った後で後悔したらしい。フィンは目を泳がせた。その耳は少し赤い。
 それらの変化はホントにすぐ消え去ってしまった。フィンはへらへらと笑いながら歩き出す。
 僅かな変化に気づけたのは、おれも恋をしているからなんだろう。

「……おれもおまえも、ナンギな恋をしてるよなあ」
「オマエと一緒にだけはされたくねーよ」
「相手が貴族とか、同情するよ」
「近親相姦よりはマシだっつーの」
「だけどおまえよりおれの方が幸せだね。いつだってハルアの側にいられるんだから」

 そう、こいつより、おれはずっとマシな境遇だ。
 フィンは本当に羨ましかったらしい。へらへらとした笑いを引っ込めて、すごい暗い目でおれを見てきた。思わず後ずさりするぐらいおれをびびらせてから、フィンは肩を竦めた。

「でもやっぱり、妹の肌着で自慰するおまえよりやっぱマシだと思うぜ?」
「いぎゃ!? なっ、な――!」
「おいおいおいおい? アレで隠してるつもりだったのか? つーかあんな壁の薄い家で隠し事できると思うなよ」
「は、ハルアには……ハルアには……!」
「アア? 安心しろよ。オマエがお楽しみの最中に家に帰りつきそうだったハルアを、リリが親切心で引き留めたりしてたみたいだぜ? 今度礼でも言っとけよ」

 おれは心からの感謝をリリに捧げた。今度リリに会ったらその場で膝をおり石畳に額をこすりつけて礼を言おう。
 そうしたらまた次の機会も親切心を発揮してくれるかもしれない。
 ていうか、いつだよ。その危ないニアミスは!?

「ハルアも大変だよな、オマエみたいなアニキを持って」
「それを言ったらエリーゼとかいうあの女だって――」
「――なァ、マルノ?」

 フィンが猫撫で声でおれを呼ぶ。おれは全身総毛立つのを感じた。恐怖からだ。
 フィンのギラつく視線が向けられる。
 できることなら目を逸らしたかったけれど、目を逸らしたら何をされるかわからないから、必死で耐えた。

「ハルアにバラされたくなかったら、オレの前で軽々しくエリーゼの名を出すな」
「はい」

 おれは全面的に降伏した。
 こいつだって、裏では夜な夜な何をしているかわかったもんじゃない。けど、おれにはフィンの情報を探るなんてできない。
 何よりハルアにバレたら終わる。

 はっきり言って、最近のハルアは冷たいんだよ……!
 定期的にオレのギルドカードを確認して「……この恩恵、まだ消えてないの?」とジト目で見てくるんだ。一度与えられた恩恵が消えるわけないのに。

 ……つまりオレは生涯ハルアへの恋を抱き続けて生きていくと精霊のお墨付きをもらったってことなんだよ。そうしていいと言われたも同然なんだ。
だから精霊神教信者として、快く現実を受け入れるべきだろ!

「さて……くだらない話は終わりにして、と。オマエ身分詐称しねえ?」
「はぁ? なんでだよ」
「おまえの商業ギルド員って身分を借りて色々やってるんだケド? やっぱり、生まれがさァ? 商売していく上で、故郷の話とか、家族の話とか、まるでそれが一つの符丁みたいに鉄板ネタなんだよなァ。ちょうどオマエら、孤児だしさ。適当に設定を付け加えても、誰にも疑われたりしねーだろ?」

 正直、フィンの提案の重要性がおれにはさっぱりわからなかった。
 だけど、フィンがそうした方がいいのなら、その方がいいんだろう。
 特におれの勘も働かないし、ハルアの身に危険が迫るってことはなさそうだ。
 それでもおれは、逡巡した。
 ――フィンがそんなおれを怪訝そうに見て、やがて理解した風に言った。

「何か問題が? ――ハルアか?」
「ああ。ハルアが、なんでか知らないけど、実の両親のことを知りたがってる。適当な身の上話なんか作ってそれが上手くいってても……母親は死んでるけど、本当の父親が見つかったりしたら、おれはハルアのために、おまえの作り話をむちゃくちゃにせずにはいられないんだよ」
「アー、それは、どうしようもなさそうだな?」

 どうにかできるならハルアに冷たくされてなんかいないんだよ。
 おれは大きく頷き、フィンの手からギルドカードをひったくった。

「そろそろハルアの薬をもらいにいく時間だから、おれは行く」
「あァ、引き留めて悪かったな」
「だけど……稼げる仕事は、したい」

 ハルアの顔が脳裏によぎる。
 金を渡した時にだけ見られる笑顔。……本当は、金を渡さなくてもあの笑顔を見たいけど。
 でも、金がないと見られないというのなら、おれは死にもの狂いで金を稼ぐさ。

「マルノ……おまえマジ金ヅルだな」
「うるせえ!」
「妹に生意気言われてムカつかねーの?」
「……む、むかつくとか、そういうのは」
「だけど、嫌だろ。金目当ての女とか。例え妹でも……つーか妹だからこそ嫌じゃね?」

 好かれたい、優しくされたい、いい思いをしたい。
 そういう感情は、誰にだってあるはずだ。特に恋をしている男には。

「……嫌だけど、だからってどうしようもないだろ」
「妹なんてモンがいるなら、オレなら生意気言うなら殴りそうだけどな」
「あ? ああ? じゃあテメーはあの女殴んのかよ」

 流石に、フィンに対する恐怖心も吹っ飛んだ。
 なんて想像をさせてくれるんだ。ハルアを、殴るだと?

「…………いや、……あー、……なんだ」

 殴らねーだろ、つーか殴れねーだろふざけんな。
 ……本当に、ふざけたことを言いやがるよな、このフィンって男は。
 ハルアを殴るなんて天地がひっくり返ろうとありえねーから。

「ハルアを傷つけるぐらいなら死んだ方がマシだよ」
「……オレは、そうは思わねーな」
「はああああ!?」
「エリーゼが望んだら、そうする。やってやるさ……見返りをもらえるならどんなコトだってな」

 そう言うフィンの目を見て、ゾッとした。
 おれなら絶対に想像もしないような、ありえない可能性をその熱を孕んだ暗い目で見据えているらしかった。
 好きだから、おれだったら絶対にしないことを、こいつは好きだという理由でやるんだろう。
 おれが諦めるところでも、ハルアが望んだとしてもハルアを止めるだろうところで。

 こいつは――エリーゼが望んだら踏みとどまることなく進むんだろう。
 それは恋、なのかもしれないけど……なんだか少し、おれが抱いている感情とは違う気がする。

「ホーラ、さっさと行けよ、マルノ。聖女が待ってんじゃねーの?」
「……ああ、行く」

 フィンに背を向けて、逃げるように歩き出した。
 フィンのそれは、思いやりじゃないだろ。ヤバイことをやろうとしていたら、止めるのが家族だ。
 同じ気持ちを抱いていると思っていたのに、違ったらしい。

 精霊神教会に行くといつもの通りヴィルヘルミナがおれを出迎えた。
 いつも通りに用意していた薬をわずかな金と引き換えにおれに渡して、それからパンの入ったバスケットをくれた。
 ……そのパンの数が、五つだった。

「あのさ、数、間違ってね?」
「そうですか?」

 流石にこう続けて会っていれば、この聖女がどういうつもりで俺に与えるパンを増やしていたか理解する。
 この女、おれの恩恵(ギフト)の数に合わせてパンを渡しているだろう。
 たまにガキにパンを配る時、こっそり二つ目を渡していることもある。
 この女は他人の恩恵(ギフト)の数か何かを知ることができる恩恵(ギフト)を持っているんだろう。

「……間違っていません。大丈夫ですよ」
「つーことは、つまり」

 マジかよと思いつつ、おれはギルドカードを展開させた。
 おれのギフトの欄には、妹への気持ちを表すそれが一つ、増えていた。

「……妹への愛、か」

 見返りを求めず……いや、求めてはいるけれど、どうしても必要なわけじゃない。
 そして意志を尊重はするけれど、ホントのどんづまりでは、嫌がられても、羽交い絞めにしてでも止めるだろう。
 このフィンとは違った俺のハルアへの気持ちは、どうやらいつの間にか恋から昇華していたらしい。

「ハルア、これを見てくれないか」
「……何これ」

 帰ると早々、ギルドカードを突きつけたおれに嫌そうな顔をしながらも見てくれたハルアは、目を見開いた。

「また、恩恵(ギフト)が増えたのね……しかもまたヘンテコなの」
「おまえに抱いているおれの感情は、変わった。もしこれまで、恋とか書いてあることでおまえを警戒させて、疲れさせてたなら本当に悪いと思ってる」

 ハルアは警戒した顔をしつつも、その場にとどまりおれの言葉を聞いてくれた。

「だけど、おれのハルアへの気持ちは、愛だから。……見返りは求めない」
「マルノ……」
「愛しているからおまえを守りたいと思う。だから、たとえおまえが望んでも、それが暴走ならきっと止めるだろう」

 望みをなんでも叶えてやると約束はできない。
 愛しているからこそだ。熱に浮かされたフィンの暗い目を思い出しつつ、言う。

「何もかもおまえの望み通りにしてやれるわけじゃない。だけど、おれは愛するおまえのためならいくらでも頑張れる。恋、ってところに嫌な顔をするのはわかる。嫌だよな、実の兄に……でも、愛するのは許してくれ。避けられちゃ、おまえを守りたくても大事な時に、守れない」

 一緒にいさせてくれ、と懇願する。
 頭を下げた俺に、ハルアが深い溜息を吐いた。どんな言葉を投げかけられるだろうか。やはりまた冷たい言葉だろうか。
 だとしても、構わない。おれの意志さえハルアに伝わればいい。
 ハルアは賢い女の子だから、きっと必要な時には俺を頼ってくれるはずだ。

「……わかったわ、兄さん。とりあえず、新しい恩恵(ギフト)が増える程度には悩んでいたっていうのは」
「ハルア、じゃあ」
「態度が悪くて、ごめんなさい。兄さんはいつも私を助けてくれるのに……私も、どうしたらいいかわからなかったの」
「い、いや……いいんだよ、ハルア」

 悪いのは十割、ハルアに恋をしたおれなんだ。
 色々と不安にさせてしまっていたのかもしれない。おれがハルアを傷つけるわけがないんだけど、ハルアにはおれの確信は伝わらないもんな。

「それじゃ兄さん、ずっと相談したかったことがあるんだけど……」
「なんだハルア? おれになんでも任せてくれ」
「――数か月前から私のショーツがよくなくなるんだけど、その理由を、知らない?」

 カッと目を見開くハルアに、おれの息の根は止まりかけた。









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