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冒険者ランクをあげよう!







 紺色ツインテールの美少女は、エルと名乗った。

「私が尾行していたのは、あの、あなたたちではなくて、アキムのほうなんです……」

 シャクシャクとかき氷を突きながら、エルはその冷たさにだろう、うっとりとした吐息をこぼした。
 その姿がエリーゼの目には息を飲むほど可愛らしく映ったけれど、リールは表情を一切変えることなく「なぜです?」と理由を言うよう促した。

「なぜって、そんな、理由をあなたたちに言わなくちゃ……いけませんか?」
「貴女の言葉はボクたちを尾行していない証明にはなりませんので。理由がわかればこちらで調べやすくもなります」
「でも……これは、個人的なことで」
「かき氷を口にした対価を支払ってください」

 ぴしゃりと言うリールを見て、エリーゼはおののいた。
 こんな美少女を前にして、白い額にうっすらと汗を滲ませる儚い美貌を前にして、いったいリールはどうして冷静そのものの姿で追及することができるのだろうか。
 藍色のキラキラとした瞳が潤んでうるうるしているのに、リールの心は動かないのだろうか?

 美少女に助け舟を出そうとエリーゼが口を開こうとするたび、美貌に弱い姉さんは黙っていてください、という意味が含まれていそうなリールの目に睨まれる。

「……うう、実は、ですね。アキムの素行の調査を、していまして」
「素行ですか?」
「はい、あの、あまり……評判がよくなくて」

 ああ、うん、とついエリーゼは頷いてしまった。
 確かにビスタ商会には後ろ暗いところがある。だとしても、その荷を改めたり、家探しをする権利は彼にはないだろう。
 それなのに、何が偉いのかディアストール商会の名を振りかざして強行しようとするのは明らかにおかしい。

「その、私の知る限り、とてもいい、人、なんですけど……ちょっと抜けてて」
「抜けてる、ですか……」
「それできっと、悪く言われちゃったり、してて……たぶん誤解が、あるんだと……まさか支部長会議の前に、自分の支部の、商売の独占率を上げて、成績をあげるために他の店を荒したりしてるわけじゃ、ないと、思うんです……けど」

 エルの声はだんだんとしりすぼみになって言った。そういう疑いが、どこかからかけられているらしい。
 つい先ほど、格下の商売敵の店を手ずから荒している姿をエリーゼ達一同、目撃したばかりだった。
 いかな美貌に弱いエリーゼでも庇うことは難しい……けれど、なんとか明るい声で言ってみる。

「アキムさんって人とエルちゃんがどんな関係なのか知らないけど、エルちゃんは頑張ったし、もういいんじゃないかな……?」

 アキムなんてどうでもよくない? と笑顔で言ったエリーゼを見て、エルははらはらと涙をこぼした。
 その真珠のような輝きにエリーゼは慌ててハンカチを引っ張りだした。

「うわああ、な、泣かないで。これっ、どうぞ! 涙を拭いて!」
「いい、人、なんですぅ……! そんな悪い子じゃないんですよぉ……!!」
「ああそー、なんだ。へぇー、ふーぅん?」

 エリーゼは頑張って同情の姿勢を見せようと努力したが、とてつもなく白々しくなった。
 エリーゼは彼にあまり好感を抱けない。
 ――そんなエリーゼを見て、美少女が掌に顔を伏せ、肩を小刻みに震わせ出した。
 その儚い姿に胸が痛んで、エリーゼも泣きたくなってきた。

「うう……あの子の身の潔白を証明してあげたいんですぅ……! いい子なんですぅ! いい子なんですからぁっ……!!」
「そっかあ……うーん、そうかあ」

 エリーゼはエルを宥めながら、リールと目配せし合った。恐らくエルというこの子はアキムと近しい人間なのだろう。
 ディアストールの人間なのかもしれない。
 ……敵の可能性がある一族と親しい彼女が、いくら可愛いからといって、これ以上関わるのは危険だろう。

「15日後の、会議までにぃ……! あの子が悪くないってこと、証明しなくちゃ……支部長から降ろすってみんながぁ……!」

 しくしく泣きながら、エルが教えてくれる。
 ディアストールも一枚岩ではないというか、あのアキムの暴挙は彼の独断、あるいは一部の暴走によるものらしい。

「支部長になったとき、すっごく嬉しそうにしてたから……! 頑張ってたから……! 私、応援してた、から……っ!!」

 もしかして、恋人か何かなのだろうか。
 アキムは不細工とは言わないまでも、普通の男に見えたのに。まあ、イケメン寄りではあったかもしれない。
 だとしてもこんなに健気な美少女を恋人に持てるほどだろうか……?
 苦悩するエリーゼに、美少女がキラキラとした藍色の目に涙をいっぱい溜めて、エリーゼを見上げた。

「お願いですっ……あの子のしてることを、一緒に、調べてくれませんか……!」

 陶器のように白い頬を紅潮させて、大きな藍色の目を潤ませて、かき氷で冷やされ赤くなった唇を噛みしめて、震えながら美少女が絞り出したお願いに。

「……うん、わかった!」
「姉さん!?」

 頷いてしまったエリーゼは、今より真剣に自分の恩恵(ギフト)の解除方法を調べようと思った。
 リールが驚愕の眼差しを向けてくる。今の今まで、警戒しようと目でやり取りしていたのだから、信じられないのだろう。
 でも、断れなかったのだ……美少女に見つめられてきゅうっと胸が痛んだのは恩恵(ギフト)のせいだとエリーゼは思う。

 ……もし恩恵(ギフト)のせいではなかったら、リールには睨まれるだけでは済まないだろう。





 その後に起こったリールの大ブーイングにより怯んだ美少女ではあったが、美少女が付け加えた報酬にはリールも口を噤んだ。
 それは、このアキム身辺調査をクエストとして冒険者ギルドから発行した形にすることで、エルの満足のいく調査結果を報告すればエリーゼの冒険者ランクがあがるという報酬だった。

 冒険者ギルドと伝手があるらしい美少女が一筆書いてくれるというのである。

「ギルドに伝手があるのであれば、そちらで適当な冒険者でも見繕えばいいと思いますが……姉さんのランクはGですよ? ゴミです」
「ゴミじゃないもん!」

 リールのひどい言い草にエリーゼが抗議の声をあげる。
 美少女はもじもじとしながら口を開いた。

「ですがその……アキムを尾行、できていた、ですよね……?」
「彼を尾行していたわけではありません」
「ですが、アキムに気づかれなかった……です」

 エリーゼたちはグダマルダとジェイスを訪ねようとしていただけだ。
 しかし、アキムの姿を認識し、様子を窺っていたことは確かだ。

「アキム、その……彼の情報を渡すわけにはいかないので、正確にはお伝え、できないんですけど……恩恵(ギフト)を持っているんです。その力のせいで、普通の冒険者じゃ、すぐに気づかれちゃって……」
「え、私の尾行術がすごいってこと?」
「絶対にありません」

 リールに却下されて涙目のエリーゼ。でも確かに、足音を消したり気配を消したりだなんていう特殊技能を習得した覚えはない。
 二人を見つめる美少女の藍色の瞳が細まった。

「存在値が……高いから、恩恵(ギフト)に抵抗できている、のかも」
「私とリールの存在値が?」
「――あなたたち、存在値、その言葉、知っているの……?」

 エルが驚いたように目を見開くのを見ると、リールがエリーゼの脇腹を肘でついた。

「いてっ」
「……まったく。調べればわかると思いますが、ボクたちの兄が特殊な状況にありましてね。貴女に本当に冒険者ギルドとそこそこの伝手があるのであれば、おのずとわかることかと思います」
「そう、なの」
「貴女こそ、どうしてその言葉を知っているんです?」
「……ギルド長なら知っている。ある立場にある、者たち。みんな、知っているわ。大事なこと」
「ふうん? そういうものですか……」

 エリーゼが初めて存在値という単語を聞いたのは、精霊エシュテスリーカとの会話の中だったような気がする。
その後に、妖精から聞いたというフィンの話でも。
 そして精霊であるアカの口からもその単語を耳にしたし、エイブリーという半魔族も存在値について言及していた。

精霊、妖精、半魔族という人間以外の三種族があたりまえに使う言葉なのだから、普通の人間にとってはなじみがなくとも、偉い人は知っているものなのかもしれない。

「……ま、いいでしょう。本当に姉さんのランクが上がるのかどうか、ギルドに確認を取らせてもらいます。それが本当ならば受けましょう。ただし結果としてあの男が支部長の座から引きずり降ろされたとしても、依頼失敗とはならないこととします」
「ええ……うん。ええと?」
「あくまで仕事内容は情報を集め、貴女に渡すこと。窓口は冒険者ギルドでいいでしょうか?」
「かまいません、です」
「情報収集の目的は、あの男がどういう目的で行動しているのかを探ること。それと判断した証拠と共に貴女に情報を提出します。それが望まぬ結果であれその証拠が確たるものであれば依頼は成功と見做していただきます。証拠の確度についての判断がボクたちと貴女で別れた場合は、ボクたち双方が認めた第三者に判断をしていただくこととします。期限は――」
「支部長会議の、前の日、まで!」

 流れるようなリールの言葉に圧倒されていた美少女が、期限についてだけは声を張り上げた。
 それを受けて、リールはにっこりと笑って頷いた。

「――ええ、わかりました。その日までに。依頼失敗の罰則についても免除していただきます」
「うん……ダメでもともとだって、わかって、ます」
「それは結構です。それではこのまま冒険者ギルドに赴いて依頼契約を結びましょうか」
「は、はい……」

 エルは震える声で返事をした。エリーゼは言葉を挟む余裕もなかった。
 冒険者ギルドに移動し、受付のおばさんに契約用紙を出してもらい、契約内容をリールが書いてエルに確認してもらう。
 エルはその内容で承諾すると、エル、と普通語でサインをした。その横に指輪印を捺していた。

(あれ……?)

 その指輪印は一見ただの複雑な模様にしか見えなかったけれども、エリーゼの目には一瞬、言語に見えた。

(『魔女』?……いや、どうだろ)

 ハンコとして捺印されてしまっているせいで、掠れて大事な線がいくつも消えている、古代魔(ルト)語なのか。
けれど、ただの模様の可能性もある。
銀製に見える、そのハンコ自体がかなり古そうな代物なので、おそらくエルに聞いてもわからないだろう。

 エリーゼは手形発行の書類の時と同じように、普通語と古代語と古代星(ルーン)語でサインをした。
 それを見て、エルが目を丸くしていた。

「すごい、ですね……その若さで……」
「え? ありがと……?」
「受付の方、書類の受理をお願い致します」

 エルがまじまじ見ていた契約書を取り上げるとリールが受付に突きつける。
 おばさんは「はいはーい」と軽やかな返事で受理してくれた。
 どうやら古代星(ルーン)語をもう少し見ていたかったらしいエルは「あ……」と切ない顔をしていたけれど、すぐに気を取り直してエリーゼに向き直った。

「あのっ、古代星(ルーン)語を扱える、のなら! 魔女になれます! おすすめ、です!!」
「え、魔女?」
「はい、です! ここロワーズ、魔女の聖地です! 弟子入りできます! おすすめ、です!!!」
「魔女に弟子入り」
「姉さん、わくわくするのはやめてください」

 わくわくしないでいられるだろうか。
 魔女だなんて小さい頃女の子が憧れるもののトップ10には入っているんじゃないだろうか。
 とあるジブリアニメを見たかどうかでかなり票数が割れるかもしれないけれど……。
 小学生の時に箒に跨ったことのない人だけが異論を唱えればいい。

 ――この世界には小学校なんてないけれど。

「魔女になると、何ができるようになるのかな?」
「薬、ポーションが! 作れるようになります、よ!」
「ポーション?」
「魔法薬(ポーション)、です。傷、治ります。魔力、回復します!!」
「わあ……!」

 エリーゼが熱さも忘れて手を合わせてうっとりすると、リールが溜息を吐いて言った。

「姉さん、乗せられないでください。どうせ弟子の義務だのなんだので自由が奪われることになりますよ」
「でも、ねえリール。魔女だよ、魔女!」
「はいはい。今日は帰りましょうね」

 エルを置いて冒険者ギルドを出る。
日差しの熱さに日陰に逃げ込んだエリーゼに手を引かれて道の端に寄りながら、リールはスッと目を細めた。

「ディアストール商会の魔法薬の仕入れはどうやらその魔女のようですね」
「そういうことか……妖精の薬とどっちが上なんだろう?」
「そういった調査はフィンに任せればいいでしょう。貴女はひとまず、この滅多にない貴重な機会を生かしてランクをあげることに集中してください」
「うん、それはそうだね! せっかくランクが上がるんだもんね!」
「あの依頼がきちんと受理されたのを見届けてから、になりますけれどね……伝手があるというのが嘘であれば、無駄働きになりますので」

 エリーゼの手を引いて、リールが宿への道を歩いていく。
 そしてリールは不意に視線を走らせると「ディータ」と名を呼んだ。

「あの女について調査をお願いします。できますね?」
「はーい……お任せください」

 そう返事をしながら、ディータが物陰から出てきた。
 エリーゼたちを尾行していることはすでにバレていたので、出てきたのだろう。
 ちなみに、ディータの尾行については、気づいたのはエリーゼで、リールはエリーゼが教えるまではいつも気づけない。

 気配は消せないけれど、エリーゼの気配察知では察知することのできないエルとは正反対である。

「それじゃ、さっそく行ってきます」

そう言うと、ディータの気配は察知できるとはいえとてつもなく希薄になり、エリーゼは驚きに目を瞠った。
 エリーゼたちの尾行をやめて調査に切り替えたディータは音もなくその場から去った。
 その気配を追えるだけ追ってから、エリーゼはリールと視線を交わした。

「ディータって、もしかして優秀?」
「騎士見習いの小姓として、優秀だったようですよ? ……ですがそれ以外にも能があるようですね。使い勝手がいいのでせいぜい使い倒しましょう」

 おそらくディータの存在値はそれほど高くない。だからエリーゼの気配察知で気取れるのだろう。
 しかしその気配察知ですら察知しづらいのはディータの素の能力によるもの。

「叙事詩に載るような英雄になりたいんだっけ? うーん、その気持ち、わからなくはない……」

 しかも敵側は嫌だとか言っていたはずだ。
 正義の味方でいたいなら、きっと精霊に絶対的な正義側に置かれた勇者ステファンの妹であるエリーゼと無暗に敵対はしないだろう。

「できたら仲良くいきたいよね……」
「裏切った時の始末はシーザに任せましょう」
「そうしよう!」

 リールの提案をエリーゼが元気に肯定した。
 今どこかにいるディータとシーザはきっとくしゃみをしていることだろう。

(エル、あの子の存在値は一体、どうなっているんだろ……)

 存在値が高いと恩恵(ギフト)に対抗できることがあるというのなら。  エリーゼが気配を察知できなかった彼女の存在値は、エリーゼの気配察知Cに抵抗できる程度に高いということになる。









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