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路地裏の子供たち3


 偶然フィンと道で会った。エリーゼは大聖堂へ入ろうと試みた帰りだった。フィンは何をしていたのか、手持無沙汰にふらついていたらしかった。

「今日も物乞いに行くの?」
「やめとけよ、そんなカッコで」
「行く前にちゃんと着替えるよ」

 鼻に皺を寄せたフィンにエリーゼは笑った。物乞いや施しを受けるために外出する以外には、いつもそれなりにきちんとしたワンピースを身につけている。身体に合っていないから貧乏人には見えるだろうが、それでもそれほど弱っていない生地で作られた衣服だから施しを受けるような人間には見えないだろう。

 一人でバターレイに入る勇気はなくて、フィンと会い、誘われたときにだけエリーゼは物乞いに参加していた。誘うようなことを言うのは初めてだったが、フィンは首を横に振った。

「今日はやめとけ。おれもいかないから」
「そっか」
「もうすぐ雨ふるらしいし、おまえもかえれよ。その服ぬれたらもったいねーよ」
「え? 雨?」

 エリーゼは空を見上げた。確かに薄く雲が空を覆っているが、雨が降ると断定できるような要素はどこにもなかった。

「どうしてそんなことがわかるの?」
「おれたちの中に、そういうの当てるカンがすげーイイやつがいんだよ」
「へえ、どれぐらい当たるの?」
「これまでハズしたことねーってよ」

 半信半疑だったが、フィンと並んで歩いていると、半刻もしないうちに急に西からの風が強くなり、空を暗雲が覆い、雨が降り出した。エリーゼたちは近くにあった店の軒先に雨宿りした。店主はじろりとエリーゼたちを睨んだが、フィンを一層強く睨みつけたあと、エリーゼの姿をみとめると無視をすることに決めたらしかった。

「おれも一着くらい、まともにみえる服がほしーよな。どうしてもボロだとなめられる」
「ねえ、それより本当に雨が降ってきたね」
「そういったじゃん」
「だって、まさか当たるとは思わなかった」
「たまにおとなみたいなコトいうよな、おまえって」

 不機嫌にエリーゼを睨みつけたあと、フィンは暗い空を見あげて言った。

「おれのなかまのそいつ、雨とか風とかのこと聞いたらイッパツ。ゼッタイはずさねーの。明日の空のキゲンもわかるんだよ。空とかみせないで、部屋にとじこめといてもあてるんだよ。明後日のこととなると、たまにはずすけど。今日のこの雨は、ふるけど四半刻くらいでやんで、またすぐにふりだしたら一日中ふりっぱなしだって」

 イヤんなるよなあ、とフィンは溜息をついた。エリーゼは息を呑んだ。

「……ちょっと待って、そこまで正確に天候を読むことができるって、すごいことじゃない?」
「すごいか? まあ、水がすくなくなってきたときにはたすかるけど。いつ水瓶を外にだしたらいいか、イッパツでわかるし」
「それだけじゃないよ。他にもたくさんできることがある」

 フィンとは偶然、教会で遭うたびに挨拶を交わし、一緒に物乞いをする程度の仲だった。悠長に友達をしているような余裕はお互いにない。だからフィンの仲間のことなどこれまでこれっぽっちも知らなかった。以前、仲間に誘われて断って以来、気まずかったのもある。

「ねえ、フィンの仲間について聞かせて」

 雨がやむまでの短い間、フィンは暇にあかせてエリーゼに聞かれるがままに話していった。その話のひとつひとつに頷きながら、エリーゼはトランプの特許を得て以来の高揚感のまま、頭の中でいくつもの計画を立てていった。





 エリーゼはまずひとつ、フィンに簡単な提案をした。
 提案をしてから一週間ほど経った日の教会の前でフィンと出会うと、エリーゼは聞かなくてもその提案の成果を理解した。

「おまえ、すっごいな」

 頬を紅潮させてフィンは言った。そういう表情をしていると、ただの子供のようだった。その微笑ましさが痛ましかったが、そこから伺える成果の方が気になった。

「上手くいったんだ?」
「そりゃもう」

 エリーゼの提案は、本当に簡単なものだった。
 まず、フィンの仲間の中から三人を選別する。この三人は比較的小奇麗に見えて、顔が整っていて、声が良く通るほうがいい。
 この三人に今日の天候を把握させる。一日中お天気なら何もしなくていい。雨が降るとなったら、その時は市街に走らせる。市街の区域を三人で分割して担当し、洗濯物が出ている家々を訪ねて雨を予報する。

 初めは信用されないだろう。小奇麗に見えても乞食だということはわかるし、そういう子供は普通の家には邪険にされる。追い払われるだろうが、それで構わない。すぐに彼らは、その子供たちの言葉が真実だったと思い知ることになる。

「せっかく洗った洗濯物がやっと乾いてきたっていうのに、また濡れちゃうなんて家事を預かる奥さんからしたら最悪だからね。みんな喜んでるんじゃない?」
「ああ、駄賃がすげえよ。ただ、おれたちをみて、マネするやつがでてきてる」
「そうなるだろうと思った。だから三人だけに絞っておいたの。この三人の顔を覚えてもらって。この三人以外のことは信用しないように言えばいい」
「ほかになんかすることあるか?」
「三人の服を替えさせて。他の浮浪児じゃ簡単にまねできないように、良い服に」
「……せっかくもうけたのに、服なんかにつかうのか?」
「先行投資ってやつだよ。見た目が良い方が信用される。フィンだってそのことは知ってるでしょ」
「センコートーシ?」

 首を傾げたものの、雨の日の雨宿りのことを思いだしたのか、フィンは渋い顔で頷いた。

「おれがした提案でもうけたから、金はあるていど好きにつかえるよ……だけど、これでこけたらあたりがキツイぜ?」
「フィンたちのお金なんだから、好きにすればいいと思うよ」
「いいや、エリーゼがいったコトがココまでうまくいってんだから、そりゃ、エリーゼのいうとおりにするよ」

 言うと、フィンは懐から小さな袋を取り出してエリーゼへと押しつけた。

「なに、これ?」 「分け前。おれがかわりにみんなにいったケド、はじめはおまえの提案だろ? みんなにもそれはいってある。だからこれは、おまえの金」
「……いいの?」

 エリーゼが受けとったそれは袋こそ小汚く汚れた布だったが、重さから想像される金額はバカにできたものではなかった。最低の硬貨で銅貨であり、銅貨の価値は約千円。子供たちには大金だろう。

「イイよ。だけど、またなんかあったおしえてくれ」
「……なんだ。先行投資の意味、ちゃんとわかってるじゃん」

 笑ったエリーゼにつられたようにフィンも笑った。

「そっか。これがセンコートーシか。食いモンにつかうより、たしかにジューヨーだな」

 にっと笑ったフィンの歯は白かった。浮浪児の子供の中には歯が虫歯になって抜け落ちてしまっている子もいるというのに、幸運な子だなと思いながら、エリーゼは新しい提案をしてフィンを面食らわせた。





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